旧帝蚕倉庫群 C号は、かつて横浜市中区北仲通地区に存在した、日本の近代産業史を象徴する歴史的建造物である。この倉庫は、横浜港が生糸貿易の世界的な拠点として隆盛を極めた時代、その品質管理の中核を担った横浜生糸検査所の付属倉庫として、大正15年(1926年)に竣工した。
設計は、逓信省や内務省の技師として近代建築の発展に貢献した遠藤於菟(おと)が手掛けた。構造は鉄筋コンクリート造3階建て・地下1階、関東大震災の教訓を踏まえた耐震・耐火性能を重視した堅牢なつくりが特徴であった。華美な装飾を排した実用本位の設計でありながら、水平線を強調する庇や規則的に並ぶ窓の配置には、モダニズム建築の機能美が見られた。C号倉庫は、B号・D号倉庫と共に倉庫群を形成し、横浜港の景観に重厚な存在感を与えていた。
その第一の役割は、横浜生糸検査所で厳格な品質検査に合格した生糸を、輸出するまで最適な環境で保管することにあった。日本の基幹輸出品であった生糸の品質と国際的な信用を支える、まさに産業の心臓部を担う施設であった。第二次世界大戦後は米軍に接収された時期を経て、その後も長く港湾倉庫として利用され、横浜の港湾史と産業史を物語る貴重な産業遺産としてその姿を留めていた。
しかし、みなとみらい21地区に隣接する北仲通地区の大規模再開発計画に伴い、その処遇が議論の対象となった。歴史的建造物としての保存を求める声も上がったが、最終的にC号倉庫を含む倉庫群は解体が決定し、2016年にその姿を消した。
跡地には、2020年に超高層タワーマンションと商業・文化施設からなる「KITANAKA BRICK&WHITE(北仲ブリック&ホワイト)」が開業した。この再開発では、歴史の記憶を継承する試みがなされている。解体されたC号倉庫のレンガや鉄扉といった部材が、新たな施設の壁面や床、アート作品として随所に再利用され、建物の記憶を現代に伝えている。
また、隣接していた旧帝蚕倉庫事務所棟は曳家によって移設・修復され、商業施設「北仲BRICK」として現物保存された。物理的には失われた旧帝蚕倉庫C号だが、その部材と精神は新たな街並みに溶け込み、横浜の歴史を未来へとつなぐ象徴となっているのである。
